魚屋のキャンピングカー

昭和51年8月21日、一台のワゴン車が両脇の扉を開放したまま、ひたすら国道●●号を西に進んでいた。よく見ると、後ろの席のない状態に、4人が座り、こたつテーブルのようなものを囲んで何やら興じているではないか。マージャンをやっているのかと目を疑った。確かにマージャンをやっている。「ロン」と誰かの掛け声、次の瞬間車が停車し、運転者と後方の人が入れ替わるようだ。どうも一番負けた人が運転に廻るようだ。また車はゆっくりと動き出し、次のマージャンラウンドが始まった。何も車で移動しながらマージャンをしなくてもいいだろうに、何が楽しいのだろうか。
車はマツダのボンゴ、先ほどワゴンといったが、実は箱型のバンであり、魚屋であるヤッチの実は商用車、市場から魚を仕入れる車だ。魚臭いのと、サビているのは当然で、でも彼等には立派なワゴンに感じられているのは、今迄の遊びに使えたのは軽車両であり、なかなか5人が一緒に乗れる車がなかったことが彼等を最高のテンションに押し上げているようにも思える。
今、彼らは奥只見経由で新潟県の村上市に向かっている所である。8月でもあり、エアコンのない鉄の塊りでもある。ワゴン、いやバンは蒸し風呂の状態であり、両サイドの扉を開放して走るのもうなずける。
山間の途中で休憩を取ろうと走りを止め、木々の緑を楽しむ彼等だったが、次の瞬間、大量のアブが車の周りに、いや彼等の周りに集まりだした。なぜ集まったのか、魚屋の車だから当然といえば当然、バンの臭いがアブの大群を呼びよせたのである。たまらず車を走らせた彼等、でも車の中にアブが入り、退治におおわらわ、とてもマージャンを打つなどの余裕もなくなった。